気まぐれ日記 2010年8月
2010年7月はここ
8月1日(日)「サイエンスカフェを聴講・・・の風さん」
今月29日(日)に自分の番が来るので、打ち合わせを兼ねてサイエンスカフェの下見に出かけた。
名古屋駅から地下道でつながっている、ルーセントタワータワービル1階にある、イタリアンレストラン「ガリレオ・ガリレオ」が会場で、昨年オープンしてもう2年目に入っている。のべ80人以上が講演しているというから、これはすごいことである。
全く勝手が分からず、早めにレストランを訪れたら、やはり早過ぎた(笑)。
「じゃあ、30分後にまた来ます」
と言って、平然と店を出たが、
(もし、バスセンターに行って、ちょうどバスが出るところだったら県図書へ行こう)
と思いながら、汗を流しながら、とりあえず行ってみると、
(おおっ。バスが止まっている!)
私は迷うことなくバスに飛び乗った。
県図書に着いてすぐ、パソコンから目的の書籍を検索してプリントアウト。閉架なので、受付に閲覧を申請。待つこと10分。出てきた書籍をすぐその場で借りた。
「こんな大きな本を、中を見ないで借りるんですか?)
「はい。以前にも借りてますから」
百科事典のような本を借りて、再びバス停へ。
ところが、日曜日なので、バスの本数が少ないところへもってきて、出た直後だった。
ここから地下鉄の駅まではちょっと遠い。
止むを得ず、タクシーで戻ることにした。
結局、40分後に戻ることができた。
本日の講演者である、豊田工大副学長の榊先生をはじめ皆さんと食事してから、先生の講演を拝聴した。
講演内容はナノテクノロジーだが、半導体や原子物理学など、超最先端科学で、ノーベル賞レベルだった。つまり、素人の私には想像を超えていた(^_^;)。
しかし、サイエンスカフェのやり方などがよく分かったし、何と言っても、今日の最大の収穫は、榊先生の質問に対する回答の仕方である。
「それは良い質問ですね」とか「はい、そこが重要なところなのですよ」といった感じで、おっかなびっくり質問している人にも敬意を表しておられたことだ。
私も見習いたいと思うが、人間ができていない私にはまだ難しいかも。
今日は、帰宅してから、トレーニングにも行った。
夕食後、連載原稿に着手した。
普通なら、もう十分仕事して店じまいなのだろうが、作家はそうはいかない。
しかし、何とか、午前零時過ぎに完成して、出版社へ送付することができた。
すごい。画期的な速さ。榊先生の講演を聴いた成果かもしれない。……とつい調子にのって、ビールを飲んで寝た。
8月2日(月)「目標20万キロ・・・の風さん」
昨夜就寝前にビールを飲んだ時間だけ睡眠不足になった。そうでなくても、昨日は猛暑の中、名古屋まで行き、短時間であっちこっち歩き回ったし、帰ってからトレーニングにも行ったのである。連載原稿も書いて、疲労も蓄積していたのである。
出社して、午前中を埋め尽くしていた会議を消化したあたりで、すっかり元気がなくなってしまった。
それで、午後は、とっても効率の悪い仕事ぶりになってしまった。
そして、さらに追い討ちをかけるように、定時後、製作所の行事であるグラウンドゴルフに参加してプレーまでしてしまった。何度か経験しているスポーツで、私のやり方は波が少なく堅実だ。今日もそんな感じで、とにかく普通にこなすことができたから、睡眠不足と疲労がなければ、石川遼君のようなスコアが出たことだろう。あはは。
それから、ミッシェルを車検に出しに、某中古車屋まで持って行った。13年経過しているので、補助金をもらって買い替える絶好の機会だったかもしれないが、我が家は資金不足で、それができない。
15万3千キロなので、目標、20万キロ目指して乗りまくろう!
8月3日(火)「これが平凡な日常か・・・の風さん」
代車で出社した。へぼエンジンでもそこそこ走るので、技術の進歩の凄さを感じる。数%ずつの改善でも積み上がると大きな成果になるのだ。人生もこうであって欲しいな。
久しぶりに会社の仕事で重要案件が発生した。
今日は交通安全映画を観た後すぐ帰宅する予定だったが、重要案件の解析状況が気になって、残業になった。結果を待っているだけではいけないので、電子顕微鏡での観察にも立ち会った。
結果が出て確認し、退社したのは、もう9時半過ぎのことだった。結果が出たからと言って安心できるものではない。さらに前進するための動機付けになっただけだった。
工場の建屋から出るとき、鳥の声がうるさいほど響いていた。
(なんだろう?)
と思って外へ出たら、雨が降っていた。
こんなに遅くても、代車に少し給油して、コンビニで買い物してから帰宅した。
8月4日(水)「ミッシェルが戻った・・・の風さん」
自宅の玄関を出たら、足元に蝉の抜け殻が落ちていた。
我が家の敷地からも蝉が誕生しているらしい。7月23日に皇居のお堀近くの立ち木にくっついていた抜け殻を思い出した。あの日は暑かった。
昨夜の解析の現場での経験が、今回の問題対応のための一つのアイデアを生み出した。
自分で考えた方法となると、どうしても自分で確認してみたくなる。明日からやってみようと心に決めた。
今日はミッシェルを受け取る日なので、あまり遅くならないうちに退社した。
二日間預けてあったので、ピカピカに磨きたててくれた。でも、タイヤが1本パンクしていましたよ、という報告には驚いた。
これからミッシェルとさらに2年付き合うことになる。のべ11年になるな。
今週は書斎でほとんど自分の仕事ができていないので、せめて郵便物だけでも、と2つ用意した。
8月5日(木)「夢中で仕事はしてみたものの・・・の風さん」
閑古鳥が鳴くコンビニで郵便物を投函してから出社。
昨日のアイデアを実現するために職場内を動き回った。それ以外にも色々とあって、高密度な会社生活を送らせてもらった。やれるだけやった満足感が残った。
調子に乗って、退社して買い物のためにミッシェルの足を伸ばした。目的の物は買えたが、行ったら買おうと思っていた品物をコロッと忘れてしまい、ついでに別の物を買ってしまった。
疲れていたが根性を出して、今日も郵便物を作り、やっと横になってみると、全身が猛烈な疲労に包まれていることが分かった。床に沈み込んでいくような感覚で、意識が薄れるのである。
老化は否定できない現実だが、とりあえずトレーニングしてみよう。
(待てよ。新聞の折込広告にボウリング場の割引券がついていたな。久しぶりにやってみるか)
と思ったが、腰を痛めそうなので、やはりその前にトレーニングだ。
8月6日(金)「同僚のスカGをパチリ・・・の風さん」
昨夜用意した郵便物はワイフに投函を頼んだ。
急いで出社して、昨日の仕事の続きに没頭した。久しぶりに集中して仕事をしたせいか、周囲の人たちが協力してくれて、とても助かった。結果はちょっと予想外だった。これは自分の技術力不足に原因がある。ま、一発目は失敗しても、連休明けにもう一度挑戦できるので、今度はみんなで考えて成功させようと思う。
夏期連休を控え、ちょっと考えてみたら、小遣い不足が判明したので、またCD機でお金をおろした。
日が短くなって薄暗い中を退社することになった。
駐車場では同僚のスカイラインと並んでいる。この30万キロ近く走ったスカイラインは、これで見納めになる。なぜなら、例の補助金申請の生け贄となって、25万円は奥様の車の購入資金の一部になるである。
記念にケータイで写真を撮っておいた。休み明けに進呈しよう。
ミッシェルにはガソリンをたっぷり給油してから帰宅した。
長女が帰省してきたので、我が家がにぎやかになっていた。
8月7日(土)「たくさん仕事したかどうか?・・・の風さん」
さあ、作家業として書き入れ時の連休だ。
あまり寝坊せずに起床した。
先ずは、児童文学の執筆を再開。滑り出しは快調だったが、午後になって失速(笑)。
たまっていたレシートの整理をやった。今まで手がつけられなかった雑用で、スッキリした。あとは、コンピュータにデータ入力すればひと安心である。これはそのうち。
そのコンピュータ(執筆マシン)の動作が何となく変だったので、もしかして、と思って調べたら、またテンポラリーフォルダーに10GBものゴミがたまっていた。「くそ」と呟きながら、削除した。以前は、この後で動作が不安定になったので、とりあえずDドライブを4時間かけて完全バックアップをとった。
夕食前にトレーニングに出かけた。
体力、筋力すべて落ちているので、安全策で、今日も負荷を軽くして、しかしほぼフルメニューをこなした。
帰宅したら、ワイフがニコニコしていて(長女が帰宅しているせいもある)、
「枝豆でビールをどうぞ」
というので、ついその気になった。
ところが、次女の迎えがあるから、お前は駄目だな、と言った瞬間、表情が暗転した。
おこぼれで一口飲もうと思っていたことが判明した。
あはは……と笑いながら、長女のお酌で350ml缶を一人で飲んだため、バチが当たってダウンしてしまった。
8月8日(日)「夏の怪談はPCの中でも起こる・・・の風さん」
連休2日目で、まだやる気満々である。……と、その勢いでPCを立ち上げたら、何やら怪しい雰囲気。まさか、と思いつつ、テンポラリーフォルダーをチェックしたら……、うっそー! また14万ものゴミが入っていて、10GBに膨らんでいた。
(お化けだぁ〜)
またせっせと削除し、会社の同僚にも苦境を報告した。
その後、某社製驚速ソフトをインストールしてみた。
すると、あらあら不思議、テンポラリーフォルダーのゴミがかなりクリーニングされた。
こいつはいいぞ、と思ったのもつかのま、色々なソフトが立ち上がらなかったり、立ち上がっても動きが遅くなるなど、トラブルの連発だった。
名古屋へ帰る長女を送った後、コンビニに寄って、参考書籍の縮小コピーを97枚とった。
今日もパソコンで足元をすくわれて仕事があまり進まなかったので、就寝時刻は遅くなったが、残暑見舞いなどを作成した。
8月9日(月)「施餓鬼からアカデミーコへ・・・の風さん」
恒例の施餓鬼に行ってきた。
最初に墓参をした。
枯れて乾燥した花をワイフが交換するため、水屋へ行って帰ってきて報告することには、乾燥した草花の中に蛙がいたそうだ。以前にもあった珍事で、山の斜面に作られた墓地で、周辺には川も池もない。
「それで、その蛙どうしたの?」
「ぴょんって逃げちゃった」
そして、お墓の花活けに汲んできた水を入れようとしたら、中から蛙が飛び出した。墓石にへばりついている。
「あ、夫婦だったかも」
「バチが当たっても知らないぞ」
その後、本堂で住職さんに供養のお経を上げてもらったあと、これまた毎年楽しみの精進料理でお昼ご飯を食べさせてもらった。
郵便局や買い物に行ってから、夕方、名古屋へ出かけた。
サイエンスカフェで開催されているディナー付き夜の部、「アカデミーコ」を聴講するためだ。
今夜は、経済学者の宇沢弘文先生だった。該博な知識と豊富な経験からの語りに圧倒された。正直言うと、専門外でさっぱり分からなかった。終盤になって身近な話題もあったが、自分の認識と異なっていて、もっと勉強しなければ、と思った。幸い、今日は著書を頂戴したので、先ずはそれで勉強だ。
8月10日(火)「PCが不調・・・の風さん」
暑さのせいか6時前から目が覚めて困った。え? 年のせいだろうって? むむっ。
夕方トレーニングに行って自転車を漕いだが、体力がない。やはりもっとトレーニングに励むべきだろう。
PCの調子が変である。以前からの症状が悪化している。Windowsの中のTempフォルダの中にゴミが増える問題だ。
某社の驚速ソフトをインストールしたら、Windowsを立ち上げた直後に見事にクリーンナップされているので、一瞬喜んだのだが、他のソフトに不具合が生じて、また短気度100%の私は怒って、この驚速ソフトを削除してしまった。
夜もしんしんと深まってきたので、別の新しいソフトの機能を見ていたら、ちょっと期待通りの動きをしてくれないことが分かった。これ以上やっていると、PCそのものを削除しかけないので、さっさと寝ることにした。
そうしたら、また問題が生じた。寝つきの良い風さんが、眠れないのだ。何度も部屋の電気が気になってスイッチを操作する始末。
不調だ。PCと自分がシンクロしている。
8月11日(水)「浦島太郎の風さんの巻」
ワイフの勧めで「踊る大捜査線3」を観た。ワイフは2度目(笑)。
ワイフの話では、とっても面白いのだが、ストーリーが説明できないので、とにかく観れば分かる、という強引な推薦だった(笑)。
ストーリーは他愛もないものだった。そもそも警察の引越しに業者がどかどかと勝手に出たり入ったりさせるわけがない。部外者はたとえ一人でも、機密に関わるゾーンには、厳重な管理の下で出入りさせるはずだ。
全体的にはドタバタのお笑い系で、女子供向けの映画。私に監督をやらせてくれたら、おとな向けの感動的な作品に仕立てるであろう。わっはっは。
しかし、良かったのは役者のカッコよさだ。若い俳優たちの美しさというかきりっとした姿はいい。惚れ惚れした。
ところが、浮世離れしている風さんの実態を暴露すると、すべての出演者の中で、俳優の名前と顔が一致したのは、4人だけである。織田裕二、内田有紀、柳葉敏郎、小泉今日子。名前だけは見たことのある俳優がたくさんいたが、誰が誰かは分からない。
社会人になって30年。ほとんどテレビを観ないで生きてきたので、こういうことになる。
それにしても柳葉くんもキョンキョンも年とったねえ。
帰宅して、PCを立ち上げたら、またゴミが増えていた。そのフォルダーを開いたままにしていると、時間とともにゴミが増えていく。気持ち悪くて、めまいがしそうだった。
再び驚速ソフトをインストールして再度立ち上げたら、ゴミが消えていた。
しかし、また経過を観察していると、ゴミは増え出す。
何なの、これ?
8月12日(木)「深夜、玄関での大捕り物・・・の風さん」
午前中、ときおり土砂降りになった。夏期連休に入ったときはもう夏は下降線になっていたので、土砂降りは土砂降り、夕立といった風情は感じない。季節感のある生き方を考えなければいけない年齢になっている。
午後になって雨は上がったが、晴れ間はのぞきそうにない。執筆のペースが上がらないのが気になるが、これも気になっていたことなので、思い切って床屋へ行き、さっぱりしてきた。いつも爆睡してしまう散髪だが、今日はしっかり文庫を読めた。
夕食後の執筆は早めに切り上げた。これも気になっていたことなので、一度は長男に上げて、今は不用品となっているノートPCを返してもらい、再セットアップした。サンルームにある共用PCのハードディスクが壊れかけているので、これと交換する予定だ。パーティションも切り直したので、十分使えそうだ。
気になっていることを少しだけでも片付けられたので、執筆は進んでいないが、今日はまあ、これで「よし」としよう。
実は、この間に大事件が起きていた。
深夜、ワイフが玄関のドアを開けたら、敷居際のところに大ゴキが3匹も潜んでいたのだ!
ゴキジェットで退治したのは言うまでもないが(ワイフが)、やはりゴキは外からやってきていたのだ。
それにしてもチャイムも鳴らさず堂々と(?)玄関から侵入してくるとは、不届きな奴らだ。
これからは玄関の敷居際にときどきゴキジェットを噴霧しておこう。
8月13日(金)「今日はめったにない良い日・・・の風さん」
すばらしい! 今日は13日の金曜日で仏滅だ。こういう日が来たら、意識しないわけにはいかない。きっと良いことがあるだろう(笑)。
執筆が遅れているが、弾みをつける意味で、やっとホームページのトップページを更新した。著書が増えてきたので、PRは別の独立したページにし、トップページは本来の新情報と目次の機能に改めた。
今日も暑い。どんどん日が短くなっているので、自分の頭の中からはもう夏は去っているのだが、暑い事実は曲げられない。
夕方から墓参に行った。お盆なので、先ずはお迎え。お寺が近いと便利である。
前住職さんの都合も確認して、懸案事項だった「書」の保管もお願いしてきた。ワイフは大黒さんへトールの作品をプレゼントした。
その後、トレーニングに行った。とにかくすべての基本は体力である。
就寝前までに、長男の不要PCがネット接続できるようにした。
執筆以外はかなり仕事が進んだような気がするから、今日は良い日だったのに違いない。
8月14日(土)「今日もたくさん仕事をした・・・の風さん」
一昨日ネット注文したキャリーバッグが午前中に届いた。某社のマイレージの期限がせまってきたので、あわてて使ったのだが、キャリーバッグはこれから何度も使う場面がある。使い込んだキャリーバッグはだいぶくたびれていて、ハンドルがいつ壊れるかわからない状態だった。
「大衆文芸」に投稿する原稿の締め切りが明日なので、今回は20年くらい前に書いた現代小説を書き直して挑戦することにした。現代小説である。
先ず、古い印刷原稿をスキャナーから取り込んで文字認識させ、その認識間違いの修正をしながら原稿を完成させていった。ポケベルなんかが出てくる原稿だったので、ケータイに変えたりした。
ちょっと苦労したが、何とか夕食までにできた。
夕食後は、手紙を2通書いた。
最後に、原稿を見直して、新鷹会の伊東先生へファックスした。うまく掲載されればいいが……。
そして、就寝前に、長男の不要PCにいくつかのソフトをインストールした。完全復活させるには、約1週間分のステップが必要だと見ている。
たくさん仕事をした1日だったが、児童文学の原稿に手をつけられなかった。
8月15日(日)「とうとう連休最終日・・・の風さん」
終戦記念日である。日本のために散った多くの若者の霊に感謝する日だ。
先ず、朝食後、昨夜準備した手紙を投函しがてら、コンビニで借りた本のコピーをした。今月で閉店するコンビニには品物がめっきり減っている。
午前中、児童文学の原稿の手直しに注力した。疲れた。執筆は疲れるものだ。
夕方、今度は霊を送るために墓参に出かけた。一昨日預けた「書」に関する資料を用意するのに、とても時間がかかった。墓参では、また花活けの中からカエルが飛び出した。まるで温泉のように温かいお湯の中にいたのである。茹で上がってしまうことはないのだろうか。帰りに、住職さんに資料を一式渡すことができた。これでほぼ一件落着。
当初のもくろみではトレーニングに行く日だったが、執筆が遅れているので中止した。
それでも仕事の合間を見て、長男の不要PCの復活作業4日目をやった。OSの更新がかなりのボリュームで、結果として重くなって、立ち上げにべらぼうに時間がかかるようになってしまった。CPUが1GHzで、メモリはわずか256MBしかない(これでも購入時に増設した結果)ので、XPのサービスパック3までアップデートしたら無理もない。
そこで、試しに某社の驚速ソフトをインストールしてみたら、あらあら不思議、本当に速くなった。
執筆が遅れているので、PCの復活作業はしばらく中断する。
しかし、中断以前に着手すらできなかった大仕事がいくつかあった。あと1週間いや2週間は休みが必要だ。そりゃ無理か(笑)。
8月16日(月)「たまに会社で頑張ると・・・の風さん」
久しぶりの出社だったが、出社したらやろうと思っていたことがあった。実験である。
結局、まる1日実験室にこもって、多くの仲間の助けを借りて実験を続けた。
何とか成果が出たので、あまり残業せずに退社することができた。
執筆が遅れていて精神的に追い詰められつつあったが、ええいままよ、とばかりに、帰りに閉店セール中の薬局に寄って少し買い物をし、ミッシェルに給油もして帰宅した。
夕食後は日中の疲労がどっと出てしばらくダウンした。
午前零時前にしばらく復活したが、危なくなってきたのでシャワーを浴びてまた頑張った。
そこから2時間はいけると思ったが、再びダウン。
もう二度とよみがえることはなかった(笑)。
8月17日(火)「ようやく執筆再開・・・の風さん」
まともに起きられなかった。ボーっと幽霊のように階下へ降りて行ったら、
「今日はお休み?」
とワイフに皮肉られた。
「まさか、今から死んでも会社に行く」
「偉いわねえ」
実家へ遊びに行くワイフは機嫌が良い。
シルバーさんが裏の駐車場の草取りを始めているころ、何となく罪の意識を感じながら家を出た。
出社して、やることはたくさんあったが、気になっていた日本機械学会東海支部へのファックスだけは送った。
今日も終日猛暑だった。
帰宅して、HPを更新した後、真剣に執筆に取り組んだ。
8月18日(水)「ミッシェルのトラブルがあっても第3稿を送信・・・の風さん」
昨夜は午前2時半まで頑張った。もう必死である。
そして、朝になったので会社へ行かねばならない。
昼休みに原稿のことを考えた。全体構成の観点から、各章のボリュームがアンバランスになっていることを指摘されていた。それを何とかする必要があった。
結局、最大ボリュームの章を二つに分割することにした。中身はまた後で考えればいいのだ。
早く帰宅したかったが、できなかった。
それでも急いで会社の駐車場に行き、ミッシェルのドアを開けたとき、悪い予感がした。
シートに身を沈め、キーをさしたがアラーム音がしない。
(まさか?)
ふと顔を上げると、ルームランプが暗い。
セルを回そうとキースイッチを操作したが、エンジンが全くかからない。
ランプの点灯スイッチをチェックすると……、
(ああ〜。スモールランプがオンになっている!)
スモールランプはフォグランプと連動させているので、朝から消し忘れ状態で、バッテリが上がっていたのだ。
こういうトラブルには抜群の強さを発揮する風さんだが、内心慌ててもいる。
すぐに最も頼りになる同僚のケータイへ電話して、救援に来てもらった。
ブースターケーブルは持っている。やけに用意がいい。
同僚のバッテリとつないでエンジンはかかった。しかし、バッテリは相当なダメージを受けているはずだ。
時間があれば、このまま整備工場へ直行するのだが、今日は、第3稿を送付する日なのである。
運を天に任せつつ、とにかく帰ることにした。ただし、オーバートップに入らないようにギヤをセットし、回転数を上げて走った。
カーステレオも消した。静かな状態になって、走り出してすぐ、ヒューンというオルタネータ(交流発電機)の磁気音が聞こえてきた。力いっぱい充電しているに違いない。
停車するとエアコンも消した。コンプレッサを回すためにエンジンに負荷がかかり、万が一エンストしたらみじめなことになる。
たそがれ時だったが、ギリギリまで点灯しないで走った。
なんとか無事に帰宅して、整備工場へ電話し、事情を説明してバッテリを発注した。
エンジンを止めてから、念のため、セルを回してみたが、やはりエンジンを始動させることはできなかった。
落ち込みそうな気持ちを必死で盛り上げて、原稿執筆に専念した。
何とか原稿データの修正を終えてメール送信を終えたが、午前4時になっていた。
8月19日(木)「「大衆文芸」に掲載が決定・・・の風さん」
今日は電車で出社した。
寝不足で気が遠くなりそうでも、仕事は待っていてくれない。夢中で仕事を終えて、退社した。
当然、帰りも電車。
最寄の駅から家までの道をひろっていると、いくぶん涼しい風が吹いている。
日中は地獄のような暑さでも、季節は着実に秋に向かっているのだ。
帰宅したら、「大衆文芸」に投稿した短編小説のゲラが届いていた。初めての現代小説の掲載が決まったのだ。ラッキー! みんな読むと驚くだろうなあ。
明日からのことを考えると、校正をするのは今夜しかない。
急いで校正して、印刷所へファックスとメールで送った。
また、留守中に『算法少女』の遠藤寛子さんから電話があったそうで、こちからかけなおすと、なんやら会話がかみ合わない。
遠藤さんは、土曜日に私と会えると思っている。ところが、遠藤さんが出かけるのは日本数学協会の年次大会で、私が出かけるのは全国和算研究会なのだ。
ようやく誤解が解けて、「会ったら話しましょう」という内容を、電話ですますことができた。
またまた大きなゴキが食卓付近で出たので、玄関のドア周辺にゴキジェットを噴霧してきた。水際作戦。
そんなこんなで、もうこれ以上何もする気になれなかった。
8月20日(金)「痛い出費・・・の風さん」
出社しようとミッシェルのセルを回したが、やはりエンジンを始動をすることはできなかった。
車庫(いちおう2台並べてとめられる)の中で、しかもミッシェルのバッテリはリヤのトランク内にあるので、ワイフのクルマを反転し、ギリギリまで寄せてバッテリをつないで何とか始動させることができた。
会社まで回転数を上げて爆走させた。
夕方、整備工場へ持っていくため、駐車場でミッシェルのエンジンの始動を試みたら、運良くかかった。今朝の爆走が効果を上げたようだ。
整備工場で新品のバッテリを取り付けてもらったが、特殊バッテリということもあって、痛い出費となった。
8月21日(土)「1日が36時間ぐらいあった日・・・の風さん」
早起きの苦手な風さんは、こういう場合は絶対前泊か夜行バスなのだが、生まれて初めて早朝出発を選択した。さて、結果はどうなるか。
4時半起床。
昨夜の準備は完璧ではなかったが、少しでも早く寝なければと、早々と就寝した。それでも午前零時は過ぎていた。
家中が寝静まっていた。
朝食は牛乳をコップ1杯。
今週ネット販売で買ったばかりのキャリーバッグを引いて最寄の駅へ。立派な車輪がついているが、音は出る。道路がでこぼこのせいもあるが。途中で犬を散歩させている人などと出会って挨拶する。早起きの人はいるのだ。ほとんど始発に近い電車に乗る人もやはりいた。
名古屋駅からは新幹線。3人掛けで通路側を選択してあったら、となりの二つが空いていた。ミルクティーを飲みながら、うつらうつらする。
新宿へ着いて、9時から出版社と打ち合せした。わざわざ土曜日の午前中に出てきてくれたのだ。感謝、感謝。そもそも、このために早起きしたのだが、すべて時間のない私のせいで組まれたスケジュールである。だから、やはり、感謝、感謝。
打ち合わせにより確実に前進した。今後の予定をシミュレーションすると、出版は年明けになりそうだ。次のチャレンジ作品についても相談し、合意された。きっと2年後の出版になるだろう。
11時発の湘南新宿ラインに乗車した。
藤沢から江ノ電に乗り換えて、江ノ島で降りた。今年の全国和算研究大会は、江ノ島で開催されるのである。それにしても猛烈な暑さである。日差しも強い。
昼食はコンビニで買ったおにぎりとパンで、リポDをパワー補強に追加した。
12時半に会場となっているホテルに到着すると、既に知り合いの先生方がたくさんみえていた。
午後は、研究発表と記念講演で、途中で、持参した拙著の販売PRをさせてもらった。明日、数学者大名だった内藤政樹の墓参をするので、政樹が登場する『美しき魔方陣』を20冊持ってきたのだ。
この日、昨年軽井沢で電話で話したN先生ご本人に会えた。和算研究の草分けの一人である。
発表は面白い話題が多かった。野口泰助先生の『大工と和算』と深川英俊先生の話はとても興味深かった。
懇親会の最中も拙著の販売をし、完売した。
飲み放題で料理もたくさん出たが、老人が多いので、とても食べ切れなかった。たくさん残った。もったいない。
部屋は4人だった。昨年より人口密度はずっと低い。
同室の深川先生とは、これまで何度か遭遇しているが、今回の研究会ではたっぷり交流できた。お互いに気のおけない性格であることが分かったのが最大の収穫だろう。
入浴後も相部屋の人たちと話題は尽きなかったが、寝不足の(筈の)私は早く布団に入った。
午前零時ころ眠りに落ちた。
8月22日(日)「今日も長〜い1日・・・の風さん」
午前7時起床。昨日より2時間半も遅い。
先ず風呂へ行った。先客は一人しかいなかった。今回の宿泊で、意外と風呂に人気がない。それもそのはず、宿泊施設の大きさの割りに風呂が小さい。江ノ島の近くなのに、外が見えないし、露天風呂もないからだろう。しかし、汗を流すには風呂が必要だ。
朝食を軽く食べて、研究会二日目のスケジュール、内藤政樹の墓参に出発だ。
今回の研究会は参加者が非常に多く、マイクロバスと乗用車2台での出発となった。マイクロバスは補助席も出して満席である。
不思議なほど空いている海岸線を走った。江ノ電と停車中の乗用車がすれ違うことができなくて、電車が立ち往生する場面があった。海はサーフィンをする若者でにぎわっていた。
鎌倉の光明寺に着いた。ここが内藤家の菩提寺とは知らなかった。
内藤家についての解説を聞いた後、いよいよ墓参に向かったが、慌てていて数珠を忘れたのが少し後悔のタネ。ま、今回は、見学と取材だと思うことにする。
内藤家の墓所は広大な面積を占めていて、周囲と一線を画していた。墓石は単純な石柱ではなく、五輪塔のような形をしている。鉄さびを含む雨が降るのか、赤茶色に染まっているのものが多い。
拙著『美しき魔方陣』に登場する、内藤政樹以外にも、俳人だった祖父の風虎(義概)や実父の露沾(義英)の墓石もあり、小説を書いておきながら、歴史をよみがえらせた意義とその重みをあらためて感じた。つまり、史実を元に小説を書くときは、決していい加減な心持で取り組んではいけない、ということである。
研究会は鎌倉駅近くで解散となった。
とにかく日差しがきつい。明日もここへ来るのだと思いつつ、鎌倉駅から電車に乗った。
横浜駅で降りて、みなとみらい線に乗り換えた。
みなとみらい駅に着くと、不思議な懐かしさを覚えた。近代的でアート感覚にあふれた世界は、歴史の重さを感じる史跡と同様に鳴海風のハートをふるわせる。
人間とは複雑な生き物なのである。
同時に、モーレツな開放感に包まれた私は、お洒落なレストランに入って、パスタランチを注文した。ゆったり座りながら、もうすぐ自宅を出発するワイフを、はるか横浜からフォロー、エスコートするのである。使うツールはケータイだ。万が一、スケジュールが狂いそうになったら、予約してあるのぞみをこちらから変更してやらねばならない。
今夜のホテルへ移動した。初めて泊まるホテルだが、ワイフ指定だった。苦労してロビーにたどり着いたのだが、トロピカルでホットな印象を与えるホテルである。
ワイフが無事にのぞみに乗車したことを確認してからチェックインした。
部屋に荷物を置いて、30分ほど横になってから、ワイフを迎えに出発した。ワイフは一人旅がきわめて苦手なのである。特に乗り換えを繰り返しながら目的地にたどり着くやり方はワイフを混乱させるだけ。
新横浜からワイフをホテルまで連れ帰って(?)、再び外出。夕食まで時間があったので、50分のワンドリンク付きの湾内クルーズに参加した。船は小さかった。
「なーんだ、映画『ゴジラ』でゴジラに沈没させられた漁船みたいじゃないか」
と若い担当者に話したら、
「あなた。そんな古い話、誰も知りませんよ」
とワイフにたしなめられた。
「ははは。見かけはボロそうでもジェット船ですよ」
若い者は笑ったが、ジェット船とは何だろう。
日没間際のクルージングは、ワインを飲みながら、かもめに餌をやったりして楽しく終了した。
再びホテルに戻った。
「あなた。そのままの格好で行くの?」
着替えているワイフは、ディナーに臨む意気込みが違っていた。
「だって、これしかないし……」
どんな場合でも男は風采が上がらないものだ。
今夜は、とても親しくさせていただいている知人がセットしてくれた、私の学位取得祝いの一席だった。
その方はたまたま仕事で知り合ったのだが、私の作家としての生き方に共鳴してくださり、その後は全くプライベートなお付き合いをさせてもらっている。今回の食事会にしても、私の気持ちからすれば、もし父が生きていて元気だったらしてくれたような、心のこもったもので、私は、思わず
「父に祝ってもらっている気分です」
と本心から言ってしまったほどである。
そして、贈呈用で確保してあった学位論文の、最後の1冊を記念にお渡しした。
2時間半の歓談はとぎれなく続き、その間、生まれて初めて食べるような美味、珍味の連続で、シャンパンのボトルも急速になくなっていった。
お別れしたあと、ホテルのバーで一杯やりながら、知人への感謝の気持ちを何度も夫婦で確かめ合った。
8月23日(月)「27年ぶりの鎌倉・・・の風さん」
7時半起床。だんだん普通の生活へ近付いているな。
ホテルの部屋からテラスの外を見ると、鳩のためにあげたプリッツのかけらがなくなっていた。
ゆっくり朝食を摂って、10時過ぎにチェックアウトした。ここに泊まるのは初めてだが、系列ホテルのポイントを持っていたので、それを吐き出して、割安で泊まることができた。
ワイフの希望で目的地にした鎌倉に着いたのは午前11時である。先ず、荷物をコインロッカーへ。
夫婦で鎌倉に来たのは、27年ぶりらしい。こういうことにしっかり記憶があるのも、男女差が激しい。私はほとんど忘れている。若いころのことまで忘れているということは、当時から既にボケていたのかもしれないが、とにかく男とはそういうものだということにしておこう。
それにしても、私は今日で3日目の鎌倉だが、すごく暑い。
ショッピングが目的だと思ったワイフが意外にも「鎌倉の大仏へ行こう」と言う。
駅前からバスに乗った。
停留所は大仏のすぐ前だった。
参観料をワイフが支払ってくれた。
優しいご尊顔を仰ぐが、私には初めてのような気がする。実際は違うそうだ。あとで帰宅してアルバムでチェックしてみよう。
さらに大仏の内部にも入った。何十回にも分けて鋳造した跡が、内部から眺められる。
外へ出て後ろへ回ると、大仏の背中にある大きな二つの扉が開いていた。
ここから光が入って内部がよく見えたのだ。
長谷寺の前を通って、はせ駅に着くとちょうどやってきた江ノ電に乗ることができた。
この江ノ電も、以前に二人で乗ったのだという。それも忘れている。いかに私の記憶力が悪いかよく分かったであろう(こんなこと自慢どころか単なる恥である)。
小町通で以前入ったお汁粉屋さんを探し、熱いぜんざいを食べた。これが昼食だ。
買い物をしながら鶴岡八幡宮を目指した。
暑いので、日陰を探しながら歩き、途中で何度もショップに立ち寄る。
八幡宮にある池にはピークを過ぎたハスが広がっていた。
とにかく鶴岡八幡宮まで来た。かなり足が痛くなっていたので、駅まで戻ることにする。
駅の近くで喫茶店に寄ってビールを飲んだ。汗をかく日は、アルコールに弱い私でもビールがしみこむように体内に入っていく。そして、またたくまに汗になって全身から発散していく。
新幹線などを乗り継いで我が家にたどり着いたのは、午後7時過ぎだった。
再び現実の世界である。
しかし、へとへとだった。
書斎へ入ってもパソコンを立ち上げる元気もなく、ダウンしてしまった。
8月24日(火)「体力不足の風さんの巻」
ずっと執筆ができないまま今日まできてしまった。
会社の仕事はたまたま忙しい(ちょっと問題が起きていて、その対策に力を入れているから)。そして、私がやっていることは、主に実験である。自席でうたた寝しながらできることではない(当然か)。
少なくとも早めに退社しようと思ったが、残業になってしまった。
帰宅したら、今日もチビタンが暴れまくっている。メスなのにこの元気さと強気、凶暴さは何なんだろう?
「パパリン(私のこと)に分けてあげたら?」
ワイフがため息をつくのもよく分かる。
夕食後、デザートに友人が毎年送ってくれる巨峰を食べ、開封したばかりのコーヒーを飲んでいるうちに、ワイフと鎌倉の話題になり、27年前どこへ行ったのかアルバムで確認することになった。そのため、何度も1階と2階を往復するうちに、また疲れてしまった。ちなみに、大仏も長谷寺も鶴岡八幡宮もちゃんと行っていた。江ノ電にも乗っていた。
そのまま書斎へ入って、今夜も執筆マシンを立ち上げることなくダウン。
ついに4日連続、執筆マシンに電源を入れていない。
鳴海風開店休業……いや、閉店中である。
8月25日(水)「そろそろ限界か・・・の風さん」
昨夜午前2時ころ目が覚めて、入浴後、たまっていた用事の処理を開始した。
レターパックを1通用意した。力を入れたので、これにはかなり時間がかかった。
連載原稿の校正依頼が来ていたので、いつものようにpdfに注釈を書き込む形で対応した。
いよいよ児童文学が大詰めに入っていくので、知り合いの先生に方言の修正を依頼した。そのことを出版社へも連絡した。
未明に疲れて、またダウンした。
その前に鏡を見たら、なんと、顔ににきびができている! 吹き出物ではない。不摂生な生活の産物と見るより、若さが戻ってきたと見たい(勝手な風さん)。
それでも会社へ行かねばならない。
出勤途中でレターパックを投函した。
会社では実験と契約対応業務で、休む間がなかった。
それでも、昼休みに、M県のホームページに掲載されている画像を借用する件について問い合わせメールを送った。
夕方、早めに退社して、某店に買い物に寄ったが、目的の品物がなく、空振りに終わった。これはこたえた。
注文してあったパソコンソフトが届いた。サイエンスカフェで使うものである。しかし、今日も夕食後に疲労のため書斎でダウンしてしまった。
こんなことで、サイエンスカフェは乗り切ることができるのだろうか。
8月26日(木)「また限界越え・・・の風さん」
3日連続書斎でダウンは、とうとう限界に到達した。
出社時刻まで起きることができなかった……ということはつまり、未明に起きて仕事をすることができなかったのだ。これは痛い。
昨日まで会社で頑張ったので、何とか今日一日ぐらい……と思って、緊急有休にすることにした。今年何度目だろう? とても数え切れない。
今日も暑い日になりそうだ。
朝食後、たまっていたメール処理から始めた。
これがなんと昼過ぎまで続いた。やはり仕事をたくさん抱え込み過ぎだ。
今度のピークが過ぎたら、本当にコントロールしないと破綻する。
午後からようやくサイエンスカフェのスライド作成作業にとりかかった。
夕方某出版社へ電話して、編集長といろいろな話をした。
出版業界の深刻な不況話には、本当に元気がなくなる。
そのような中、6年前に雑誌に書いた短い文章が、10月に出版される文庫の中に収録されると聞いてうれしかった。内容は小説的でありながら普遍的な思想を含んだものなので、文庫になることはさらに読者が増えるわけで、意義深い。
外がどんなに暑かろうと、私の懐がどんなに寒かろうと、チビタンの元気さは異常だ。血尿が出ているくせに、動物はこれだから困る。おっと、無茶をしている私も同類か(笑)。あまりにもペコに襲いかかるので、外出したときに「猫じゃらし」を買ってきた。もちろん私はヒマではないのだが、ペコが可哀そうなのでやむにやまれず買ってきたのだ。
獣毛のリスみたいなマスコットがついている「猫じゃらし」で、チビタンと空中戦をやらしたら、さすがのチビタンもばてたらしい。
私は全く疲れなかった(当たり前か)。
スライド作成作業がいくらか進んだので、夕食後、国立天文台に画像データの借用申請書を書いてメール送信した。
大きな仕事があっても、同時に小さな仕事を片付けていかなければ、精神的におかしくなる。
それにしても今日の夕刊のトップ記事には呆れたな。
危機的状態の日本の国情そっちのけで、政府与党は権力闘争を始めたようだ。国民を馬鹿にしているとは、まさにこのことだろう。
8月27日(金)「振幅の大きな会社の仕事・・・の風さん」
出社したら、一昨日システム入力した仕事がミスで、上司から却下されていた。丸一日のロスを生んでしまった。ガックリである。急いでやり直した。
トレイの中の郵便物を見たら、封書が一通あった。どうせ何かのカタログを送ってきたのだろうと、ゴミ箱を頭に描きながら開封したら、違った。先日の展示会でアンケートに答えたら、抽選でクオカード500円が当たって、商品が送られてきたのである。ラッキー。出社してよかった。
今日も実験の準備と職場へのデモ展示で一日が終わった。忙しかった。
明日は文章サークルがあるので、その準備をしただけで、今夜は閉店することにした。しばらくトレーニングに行ってないので、また体力が落ち始めた。
8月28日(土)「文章サークルもしっかりと・・・の風さん」
明日のサイエンスカフェのために、スライド作り……と、その前に、先ずやることがあった。
朝食後、久しぶりに会う聴講者へのお土産の購入と、配布する資料の大量コピーをやりに出かけた。
これで午前中が終わってしまった。
昼食後、やっとスライド作成に着手した。
作りたかった新しいスライドがなかなかできない。
夕方になったので、文章サークルに出かけた。準備は昨日しっかりやっておいたのでバッチリ。ところが、こういうときに限って、生徒さんの欠席が多い。でも、手を抜かずに2時間弱やった。けっこう本質的なことを解説できたと思う。
帰宅し、夕食後、スライド作成の続き。
しかし、時間が来たので、中断することにした。あ〜あ、いつも消化不良だなあ。
二つの出版社の編集者が出張で来るので、その準備もしなければならなかった。
とにかく徹夜はやめて普通に就寝することにした。今の私には体力が必要だ。
8月29日(日)「怒涛のスライド90枚・・・の風さん」
今日も晴天、サイエンスカフェに登場する今日は、暑い一日になりそうだ。
とっても不安だが、当たって砕けろ、講演後に本を売るので、荷物はハンパじゃない。結局、聴講もしてくれるワイフとクルマで最寄の駅まで行って、有料駐車場に置いておくことにした。しかし、駐車手続きに時間がかかるので、ワイフは私より1本後の電車になる。地元の文章サークルのメンバーはさらにもう1本後だ。
ガリレオ・ガリレイに着いたら、まだ時間でもないのに、もう受付を通って入場しようとしている人がいた。知り合いではなかったので、熱心な人がいるなあ、と自分の講演なのに感心してしまった(^_^;)。
とにかく、事務局へ急いで昨日作った配布資料を渡した。
講演前の1時間は、やはり怒涛のような忙しさだった。S社との打ち合わせは順調に終えることができたが、持参したアプリルと大型ディスプレイのマッチング設定がうまくできず、結局、会社の同僚に助けてもらった。
ランチは5分でかっこんで講演場所へ。
期待通りに知人や友人がたくさん来てくれ、初めての人も多く、私のテンションはいやでも上がってくる。大勢を前にしてあがらなくなって、もう何年になるだろう。年寄りの図々しさか。
いつものように「私のプレゼンテーションは、ビジュアル講演です。視覚に訴える資料を豊富に用意してありますので、鳴海風のでたらめな説明に惑わされず、皆さんの目と感性と知性を最大限に発揮して理解してください」と無責任な説明から入った。
盛り上がるように途中でクイズを入れた。26日に発売されたばかりのステラナビゲーションV.9を当てる問題を正解したのは、たった一人だった。
時計を見ながら前半の1時間を終えて小休憩に入ったら、意外や意外「本を売ってください」という申し出があって、あたふたと準備し、文章サークルのメンバーに昨日予告してあった売り子をお願いした。
コーヒータイムから戻ったら用意した本がほとんど売れてなくなっていた。ビックリした。
少し質問に答えた後、後半戦に入った。
これも前半と同じ超高速乱暴プレゼンテーションで、結局正味1時間半で90枚のスライドを消化した。90枚ものスライドを使ったことを知っている人はほんの一握りである。
最後の質疑も終え、売れ残っていた本も完売したら、午後2時を回っていた。
I社との打ち合わせも順調に完了し、何とか達成感を感じ始めたころには、疲労が土用波のように押し寄せてきたので、今日はさっさと帰ってゆっくりすることにした。
日が高いうちに帰宅できたが、疲労は容易にはとれなかった。色々なことが続いているので、自分では分からないくらい体がまいっているのかもしれない。
8月30日(月)「無理がもたらした月末の疲労感・・・の風さん」
毎月、月末に自主設定している連載原稿の締め切りが迫ってきた。
今月はかなり無理したのかもしれない。
準備がほとんどできていなかったし、イマイチ元気も出ない。
帰宅したら、全国和算研究大会で知り合ったK先生から電話が入った。
国立科学博物館に展示してある内藤家伝来の天球儀を見学された先生からの報告と、私の質問に対する回答だった。こちらからお電話を差上げなければならなかったのに、……恐縮してしまった。
残念ながら、天球儀に関してはまだ明確なことは分からず、先生のこれからの調査課題の一つにしてくださるとのことだった。
10月発売の新人物文庫に拙文が掲載されるとのことで、その許諾書の送付と、予定原稿に対する加筆・修正の有無を連絡する必要があった。
急いでファックスを用意して送った。
わずかそれだけで、もう疲れてしまい、今夜は閉店することにした。
つまり、連載原稿はできず。
8月31日(火)「連載原稿の締め切りは延期・・・の風さん」
最近会社では、実験や設計の仕事でけっこう忙しい。健康には良いだろうが、帰宅してからの体力まで使い切ってしまうので、ちょっと困る(笑)。
帰宅したら、5月の小栗まつりで知り合った玉蟲左太夫のご子孫、山本さんの著書が送られてきていた。分厚い立派な本である。
先週は、咸臨丸子孫の会の木村摂津守のご子孫の方からも著書が送られてきており、非常に刺激を受けている。
来年へかけてたくさん本を出したい。
これから徹夜してでも連載原稿を、という気力が湧かなかったので(いや、たとえ徹夜しても、それくらいで仕上げられるほど、甘い仕事ではないので)、出版社の編集者へ、連載原稿の提出が少し遅れることを連絡して、了承を得た。
2010年9月はここ
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